美沙がいなくなった───…その時、健太は…


 俺は美沙を探して随分とその辺りを歩き回っていた気がする。

 だが、美沙の気配や歩いた跡さえ見つけることが出来なかったんだ。

 時間は俺の体力と同様にどんどん消耗されていくが、俺は何一つ美沙が消えた手がかりを見つけること

が出来なかった。俺のイライラ感は高ぶって、やがてそれはピークに達していた。

「チッ!!ここにも美沙のヤツはいねぇのかよ!?あんなに勝手な事するなって言ったのによぉ!何処に行

っちまったんだ!?」

 やり場のない怒りを拳に込めて力いっぱい近くの木に打ち込んだ!!

 すると、頭上から熟した果実らしき物が頭の上に落ちてきた。

べちゃっ!!

 それは、もろ俺の頭に直撃すると見事なまでに破裂しやがったんだ!

 その臭いは今までに嗅いだ事がないくらいスゲェ臭くて、俺は思わず脚をとられてその場に倒れこんでし

まった。

 既に原型を留めないまでに破裂した果実のような物は、決してうまそうには思えない異様な臭いをさせて

顔の横に転がっていたんだ。

「うげぇぇぇぇぇっ!!オエッ、ゴホッ、ゴホッ!!」

 最悪なニオイはドリアンをぐ程に強烈で、俺は意識がぶっ飛びそうになるのを必死にこらえた。

 だが川を見つけない限りは、持ち物の水は飲む以外の事になんて使えるはずがない。

 ましてこのジャングルの中だ。ゆいいつ安全に飲める貴重な水で、贅沢に頭を洗うなんてことができるは

ずがないだろ。俺はそんなに馬鹿じゃないからな。

 だが、人間とは面白いものだよ。時間が経つにつれて臭いが気にならなくなってきたんだ。そりゃ最初は

何度も倒れてたけど、ここはジャングルだぜ、寝転がってたりしたら一発で猛獣のエサにされちまう。まぁ、

この臭いをさせてたら、百メートル先に居る猛獣すらぶっ倒れるかもしれないがな。

 そんな事を思いながら、俺は一先ず小川を探す事にした。とにかくどんな小さな流れでもいいから、水が

流れてくれてさえすればいいんだけどな…。

 もちろん、美沙の捜索を打ち切ったわけじゃないぜ、あくまでそのついでに探すんだ。

「まずいな、もう随分時間が過ぎちまってる…ここで、美沙を探し出せないとかなりヤバイい事になってる

んじゃねぇかな」

 気が焦るばかりで、俺は何時しか夢中で美沙を探す事しか考えていなかった。

グッ!

「おわぁぁっ!?」

 俺は足元の植物のツタに脚を取られて、思いっきり顔から地面に突っ込んでいった。

ズシャァァ!!

 俺の倒れこんだ先は砂の上だった。

 俺は突然日の光を反射させるせせらぎのに転がり出たんだ。

 わずかに広がるその流れにできた、砂の岸辺に倒れていたんだ。

「ヤッホー!!」

 俺はいつもなら注意して川に入るんだが、川といっても脚が見えるほど澄んでいて、皆が想像するような

ジャングルの川程は広くは無いし、それに何かあればあった時だ、戦うしかない!!って、その前にこの臭

いに気絶すると思うぜ、きっとな。

 そして俺は真っ先に顔と頭を洗って、次に衣類を脱ぐと早速、小川の水でシャツやズボンを洗ったんだ。

 そして真っ青な空を見上げて俺は両手を大きく広げて深呼吸をひとつ、空を仰ぎながらした。

 スーッと涼しい清涼感が俺を包んだ。

 うっそうとシダ植物の類がまわりを取り囲み、その間に少しだけ青い空が顔を覗かせる。

 足元はその流れに洗われた綺麗な砂の岸がほんの少しあって、その少しの空間が俺の疲れた神経を癒

してくれているように思えた。その砂に俺は手にしていたナイフを突き刺すと、その場に腰を下ろし、そのま

ま一気にゴロンと砂の上に横になった。頭では「こんな事をしている時間はないぜ!!」と叫びっぱなし叫

んでいるんだが、身体の方が言うことを聞いてくれないんだよ。それに、今、休んで後で思いっきり集中した

方が、最悪な状態の美沙を見つけた時に、自分を見失わないで済むかもしれないと、心のどこかで感じて

いたんだ。

「今は…、今はそんな事は考えないで探そう」

 何となくボーッとして寝転んでいると、不意に何かの気配に俺は気付いた。

「!!」

 俺はとっさに飛び起きたが、その気配の主もとっさに気配を消したようだ。

 獣か?

 いや、獣じゃないな……獣ならもう襲って来ている筈だ。それに、相手は俺の様子をずっと伺っていたよう

だ。

 なぜかって?

 ああ、俺が気付いたら直ぐに気配を消したからだ、獣はその瞬間に襲ってくるものなんだよ。だから、コイ

ツは……人間!?

 突然、から飛び出した迷彩服ヤローが俺の左頬に向かって素早い拳を打ち込んできやがった!!

「おわっ!」

 身をしてかわしたつもりだったが、いきなり変則的な蹴りが俺の背中にヒットした。

バシャン!!

 俺は小川に弾かれ、そのまま頭から水面に倒れこんだが、直ぐに立ち上がって髪を掻きあげた。

 な、何だよ!やってくれんじゃん!!

 俺は頭を振りながら立ち上がってバシャバシャと水しぶきを上げて川岸に行くと、一気にそいつの胸元に

飛び組むなり、廻し蹴りをお見舞いしてやった。

 だが、その行動をヤツは読んでいたのかくるっと軽い身のこなしでかわすと、俺の軸足を払う。バランスを

失った俺は宙に舞った。

「やべぇ!!」

ドスッ!!

 俺は予想通り、ヤツのその態勢から繰り出される事を予想していた回し蹴りに思いっきり鳩尾に叩き込ま

れた。

 だが、そう簡単に俺だってキメられてたまるかっての!!

 とっさに両手でガードした。だが、その蹴りの威力で近くの木の幹に思いっきりぶつかると、そのまま地面

にうつ伏せになるように倒れこんだ。

 ガードはしていたが、流石に不利な態勢からだと完璧な防御はむりだな。

 クソッ、かなり効いているらしいや、思うように直ぐにはたちあがれんねぇんだ。

 だが、そんな俺の事はお構い無しにそいつはゆっくり近づいてくる。

 これでも一応はそれなりの武術を心得ているつもりだったが、こいつもかなりデキるようだ、さっきから急

所を正確に狙いやがる……正直、このままだとヤバイなこりゃ。

 俺へこれだけの蹴りとパンチをくれえる相手なら少々本気でかかった方がいいかもしれないな。

 下手をすれば、怪我どころじゃすまないぜ、このヤローの攻撃は…。

 バッとそいつが俺の頭に手をかける瞬間に起き上がると、相手もパッと間合いを取って構える。

「おう、やってやろうじゃないか!?」

 俺は左手を前に出し、右手を後ろに広げて見せる。

 相手も俺のポーズにそれなりの武術を心得ていると判断したらしく、空手特有の構えをした。

 やっぱりそうか、何だか攻撃的な匂いがすると思ったんだ。空手なら、こっちだって負けちゃいないぜ。

 すぐさま俺は構えを空手に変えると、相手はやや用心したのか、グッと腰が低くなった。

 そして気合の入った声を上げると、思いっきりわき腹に蹴りを叩き込んできた!

 俺の空手は「肉を切らせて」を根底にした攻撃方法だけに、もろ入れられながらもヤツの腹部に思いっきり

突きを入れた。

「ぐっ、畜生…どうなってんだ?」

 そいつは一瞬、蹴りを入れた後にバック転で俺の攻撃を半減させやがった。

 その身のこなしはサル並だぜ。マジで厄介だよ。

 それからというもの、コイツの身のこなしはかなりな物で俺の視界に飛び込むのは編み上げのブーツと、

迷彩服から伸びた白い拳だけだった。しかも、俺の死角、死角へと動いて、どこかの軍人らしい事は間違い

ないんだろうけど、軍人ってこんなサーカスみたいな真似ができるんだろうか?

次の攻撃がかさっぱり予測できない以上、長期戦は完璧に俺の負けを意味していた。

 ただ死角を注意しながらの動きでは、自分を守ることで精一杯になってしまう。

 もっとも危険な状況に俺は追い込まれつつあった。

 敵が見えないんだよ。まるで、目隠しでヤツと戦っているみたいなんだぜ。

 正確な気配は掴めても、掴んだ次の瞬間には強烈な攻撃で翻弄されちまう。

 何処から何が来るのか全くわからない恐怖感が俺にそいつの姿をさらに見えないようにかき消しているよ

だった。

 だが、そんなヤツも人間である事は間違い無い。

 それなら、必ずヤツにも隙が出来るはずだ。その時まで俺は待つしかない。

 何度目かの攻撃の時、流石にそう多くは死角も無い為か、ヤツの俺への攻撃にある規則的なものを見つ

けたんだ。そして、何度目かの腹へ打ち込まれた足を俺はとっさに掴むと肘を落とし込んでやった。

「オウッ!」

 叫び声があがるがその瞬間に、ヤツは状態を空中で捻ってサーカス顔負けの飛び蹴りで俺の後ろ頭を思

いっきり蹴りたおしたんだ!!

 さすがに意表を突かれた俺はそのまま砂の上に叩きつけられた。

 だが俺にはこの技に覚えがあった。

 それは美沙との空手の試合の時に、美沙がとっさに出した大技だった。

 とはいえ、練習試合だったからと油断した俺にまぐれで極めた技だったんだが……。

 コイツは完璧にそれを習得してやがる、ほぼ間違いなく計算された蹴りだ。

 いくら俺でもあの蹴りをまともに食らえば起き上がれない。

 激しい頭痛がする。気を失わないだけでも救われているんだけどな。

 だが、ヤツも足を痛めてしまっているのか、俺の横で同じように片足の膝を押さえていた。骨までには達し

てないだろう、そいつも俺の技を予測していたからな。

 それにしても、ガンガン響く頭で俺はある事を考えていた。

 そろそろ、今までの借りを返させてもらうとするぜ、そんなに好き放題打たれ続けているわけにはいかな

いからな。

 最後の力を振り絞って立ち上がると、頭巾越しに見える赤い唇が驚きにゆがんだのが見えた。もしかした

らコイツのあの身のこなしからして、女であることは十分に考えられる。

 だがそんな事はどうでもいい。

「さぁ、来い!!」

 頭巾をかぶっていたそいつはハッとするように俺が立ち上がると、片方の足を庇いながら、そいつも構えを

固めたんだ。

 悔しいが隙が無い。ほとんど完璧に固められていた。肉弾戦バトルならこちらが圧倒的に不利だ。なまじ

なヤツにはそうそう負けたりはしないが、ポイントを確実に狙うまるで狙撃に似た攻撃は、自慢じゃないが俺

以外の他のヤツなら最初の二発目で急所を殴られている頃だろうな。だけど俺も例外じゃなさそうだ、その

うちガードの下がった急所をやられて、まさにオダブツになりかねない。しかし、逆にスキを突いて逃げたと

しても……いや、コイツに背中を見せたらそれで終わりだろうな。どちらにしても、長く戦えば戦うほど俺に

勝算はないだろう。それよりも気になるんだが、何か訳があるのか銃やナイフでの攻撃はしてこないんだ

よ。

 まぁ、持ってりゃ今ごろはとっくにあの世に行ってんだろうけどな。

「やるじゃねーか、面白い、こいよ!!」

 俺は戦っている間にそいつがわずかに漏らす英語を聞いていた。

 そこで相手を挑発する意味でわざと英語でそう言ってみると、やはり少し躊躇している様子だった。

 だがその瞬間、俺の腹に一発、背中に一発打ち込みやがったんだ。

 さすがに崩れる俺の視線の先には、さっきからチラチラ見えた赤い唇の主の顔が見えたが、地面にすぐさ

ま顔をへばりつける事になった。

「ぐえっ!!」

 顔が死ぬほど痛かった。ヤツは蹴りを入れる利き脚が痛む為か、パンチで攻撃してきたんだけど、さすが

に蹴りほど威力は無かった。

 お陰で地面と熱い口付けはそう長くなくて済んだ。

「…、タオレタカ?」

「!?」

 しぶとく起き上がろうとしたんだが、そのカタコトの言葉に俺は慌てて様子をみる事にした。

 日本語だと?どう言う事なんだよ??

 なぜ俺を狙うのかと言う事を俺は防御するので頭が一杯だったから考えもしなかったが、良く考えたら何

で俺は狙われたんだよ?

「コチラ、シンディ。ニホンジンノミンカンジンホカクシマシタ」

 そう女の声で報告が終わると、そいつが俺の肩に触れた瞬間、軍靴を掴んでこかしてやったんだ。

 さすがに意表を疲れたのか、「キャッ!」とか悲鳴を上げてこけやがった。

 そんな事かまうもんかって感じで俺は一気に身を起こして、そのまま凄い勢いで地面に刺していた俺のあ

のナイフを手に掴んだ。

 そして一気にそいつの喉を掻き切って……って、そこまではしないが、素早く押し当てる。

 一応、威嚇してるつもりだ。

「!!」

 その行動に驚いた彼女の頭巾が偶然後ろに下がると、ブロンドの髪がバッと地面に広がった。そして少し

怯えた青い瞳をした女が息を呑んでこちらを見ていた。服装は迷彩服を着ていて、その胸の辺りには見覚

えのあるワッペンが刺繍されていた。

「誰だ、お前は!!何故、俺を狙ったんだ!!」

 俺はそいつにナイフの刃をさらに押し当てながら言う。

 だが、彼女は少し引きつってはいたがニヤッと笑うと余裕の顔で俺を見た。

「…オモシ…面白いわ、あなた、なかなかやるじゃない。でも、次はどうかしら?」

 片言の日本語をやめ、英語で言った彼女はしなやかな動きで俺の一瞬の隙を突く。

 くるりと回転すると、垂直にその身体の柔らかさを生かした蹴りが俺の顎に入ったんだ!!

「ぐあっ!」

 そんな俺に彼女の次の廻し蹴りが手にしたナイフを叩き落とす。

「おわっ!」

 あっという間に俺の首を女の脚で絡め取るように挟むと、一気に地面へ叩きつけられてしまった。

「ぐうぅぅ……」

 形勢は逆転。

 しかも手にしたナイフは彼女によって弾かれてしまったんだ。さすがに俺も観念せざるをえない、もう手も

足も出せないよ。

 俺は首を締め上げられて身動きすら出来ない状態に落とされている。

 このままだと真剣にヤバイことになっちまうぜ!!

 だが、もがけばもがく程にきつく絞まってくる彼女の締め技は完璧なほどに首に絞まってるんだ。

 もう、どうすることも出来ないのか……くそぉ!!

「安心しなさい。あなたを殺すつもりはないから。ところで、あなたのような一般の人間がどうしてこんな所に

居るのか教えて欲しいわ。って、言ってる意味解ってるのかしら?」

 人に物を聞きたいなら、ちゃんと説明しろよな!!

「っていうか、これが物を聞きたいなんていう態度かってんだよ!!」

 俺は首に巻きつく女の脚ごと片手で起きあがろうとその女を力任せに押し上げる。

「オウ、なんてパワフルなの?でも、そんなに遊んでいられないのよ、ゴメンなさいね」

 さらに彼女が身体をると俺はエビ反りに仰け反ったんだ!!

「ぐぅいぃぃてぇ!!」

 俺の腕をめい一杯にこれでもか!って位に捻り上げる彼女の顔がニヤニヤ笑っている。

 ホントにムカツクぜ!!

「意外と頑固な人ね?」

 だが結局の所、数分もがく俺であったが、業を煮やした彼女が鼻先に何かの薬品を差し出してそれをグッ

と嗅がされた途端に静かになってしまった。

 何だこの薬品の臭いは?くそ、秘境だぞ、こんなのありかよ!!

 その前に……始めから使えよ……な……

「さて、任務完了……って、いかないわよね?どう見ても、遺跡を調査に来てるって感じじゃないし……それ

に服装も変だわ。大体、こんなナイフを一般人が持ってるなんて思えないわよね」

 そう言いながら、彼女は俺が気を失った事を今度は良く確認した後、首から脚を離して立ち上がった。

「脚は……うん、ヒビも入ってないみたいね。危なくこの人の腕で折られるところだったわ……まぁ、今まで

戦った男の中ではタフなほうね」

 そう言ってクスッと笑うと脇に落ちていた大ぶりのサバイバルナイフを拾い上げた。

 そして日にかざしながらそれをじっと見入っていた。ナイフは自分のこれまでの歴史を物語るように、刃以

外の部分は何度か修復されてはいるものの、黒光りする部分は黒を更に赤黒くした色をしていて一つな

く、その研ぎ澄まされた刃先には刃毀れの一つも無い完璧な代物だった。

「なかなかのナイフね。でも、一体これを何処で手に入れたのかしら?」

 彼女は直ぐにそれが何を意味しているか悟った様子で、リュックにしまうと俺を担いだままその場を離れ

た。

 美沙を探さなきゃならないってのに、女の子に担がれてるなんて情けねぇな。

 美沙、済まない無事でいてくれ……ってのは無理な注文だろうな。

 とにかく今はこの後の事をどうするか考えなくっちゃな…


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Update:2002.4.24