―――美沙のその後。 ピチャン!! つめたく冷えた雫が頬をぬらすと、それまで意識を失っていた私の目は辺りの様子を映し始めた。 「ここは・・・」 私は目を覚ますと、そこは少し湿気の多い感じの洞窟のように感じられた。 でも、天然の洞窟にしては不自然な感じが私にはするんだよね? そっか、何となく薄っすらと見える天井がトンネルみたいに均等に整えられているせいね。あとは・・・前後 に続く縦穴だということも…。 それは明らかに人工的に造られている様だった。そんなことよりも、もっと緊張するような事実が私の頭の 中によぎった。 それは、私をあの生物がここへ連れてきたと言う事実。 少し頭痛がする頭を必死で振りながら、ここまでの出来事を思い出そうとした。 健太と離れたこと、そしてあの化け物に連れられてここまで来たこと・・・ だけど、そんな事を思い出したところでどうなるわけでもないんだよね。 兎に角、ここから脱出することを考えなくっちゃ!! そうなると、ここはあの生き物の“巣”…よね。 うん、間違いないと思う。 「たくっ、ケンタのヤツぅ、肝心な時には役に立たないんだから!」 そう言って不意に起き上がろうとした私の腹部に“グニャリ”とした感触を覚えた。 私は変に思ってソレに手を当ててみる。 ブヨブヨしたその感触は自分の肌の感触とは明らかに異なっていて、触るのも気持ち悪いと思わせるくら いだった。 「へっ!?」 慌てて私はシャツをめくると、そのお腹に張り付く物を確かめようとして手が止まった。 「ふ、ふえぇぇん、何これぇ!?」 透明な液が入ったブヨブヨした袋がポンって乗っている感じで、その中には何か細長い管のような生き物 が入っていたの。その袋は私のおヘソを中心に張り付いて、中の生き物は厚いゼラチン質の壁を食い破り ながら少しずつ・・・・・・ んっ!?私のおヘソに近づいて来ているじゃない!!。 「ヤバイよ!?マジで寄生されちゃうよ!!」 慌てて私はお腹からその袋を引き剥がそうとしたんだけど、どういうことか私の力じゃどうする事もできな かったのよ。そうしている間にも、その生き物の動きはどんどん自分のおヘソに近づいてきてるし… 「落ち着いて、落ち着いて・・・・・・何か無いかな、そ、そう、缶キリ、万能ナイフがあったじゃない!!」 いつか健太が私を襲って来た時には、これで撃退してやろうと思って持っていた万能ナイフがある事に気 がついた。慌てて私はポケットに手を突っ込んでそれを探したわ。手にした感触は私が探すそのナイフのも のだとわかると、すぐに取り出してナイフの部分でタマゴの厚いゼラチン質を慎重に切り離していったの。時 間がもの凄く早く流れていく感じと、思いもよらないゼラチン質の切れの悪さ、内心では駄目なんじゃないか なって思ってたんだけど。 「ふうっ、良かった…これで一安心ね」 何とか間に合ったみたい。 ゼラチン質を突き破って出てきたその幼虫は私のおヘソを探している様だった。その姿を見た私は背筋が ゾッとした。 一歩間違えば、この生き物が私のおヘソから体内に入って来ていたんだと思うと、さらにその恐怖感を煽 られた気がした。 だけど、今はその危機感に開放された安堵感が私を包んでいるせいか、さほどその事は気にならなかっ たの。 「やっぱり、私のお腹を狙っていたんだ、危ない危ない・・・・・・」 そこまで言い終わると洞窟の入り口から、今度は男の激しく何かを罵倒する叫び声が聞こえてきた。 「今度は・・・何よ!?まさか、ケンタじゃないの!?」 そう思ったけど、声を上げたところでその雰囲気からはあの生き物がこちらにやって来る気配がしていた から、ここは大人しく様子を窺っていた方が無難だと思ったの。 それに健太だと思った男の姿を見た私は喉まで出かけた言葉を飲みこんでいたから。 それには理由があるの。 「畜生!!早く殺せ!!このやろー!!」 あまりにもみっともない罵声を浴びせるその男の特徴が金髪だったから。 髪を17年間一度も染めない硬派な健太には到底ありえない事だったし、あれからいきなり金髪になるな んて事はどんな状況であったとしても考えられないよ。 妙に納得してそう思っていた私は、近づくその生き物を息を呑んで待っていた。 だけど、何だか私の頭が「何かが違う!」って叫んでいるんだよね。 何だろうなぁ? ああ、そうよ!タマゴを抱いていないからよ!! このままだとあの生き物に、またタマゴを生みつけられるかもしれない。 そう考えた私はとっさに切り取ったタマゴを見た。 卵の中の生き物は外気に触れると死んじゃったのか、頭を少しだけ出したままぐったりしていたわ。 「これ、死んでるよね…って、今はそれどころじゃないでしょう?ううん、もう!アンタ、死んでてちょうだい ね!!」 そのタマゴからちょっぴり出た頭の先をピンと弾いて確認する。 その後、自分のおヘソに押し当てると私はそのままソレをお腹に乗せた。 「ううっ!!き、気持ち悪うぅ!!」 そう言いながらも私は仰向けに寝そべってその化け物がやってくる事に備えていたの。 しばらくすると、入口で騒いでいた男が連れて来られ激しい音がするくらいに地面に叩きつけられていた みたい。 その衝撃で彼は意識を失ったようね…可哀想、寄生されちゃうよぉ。 そんな風に思いながら、私は息を殺してその一部始終を盗み見していた。 あくまで気を失っている振りをしたままでね。 そうしていると男の腹部がプクリと膨らんだ気がした。 薄暗いからハッキリとは何が起こってるのか見えないんだよ。 しかも、薄く開いた目で見ているから、本当にどんな感じかハッキリとは掴めないし。 そんな事はどうでもいいのよ、問題はその後なんだから!! あの化け物、私の方に近づいて来たのよ!! ちょっと予定外って感じで、内心は心臓が凍っちゃうかと思うほど怖かったんだけど、私のお腹の幼虫の 様子を伺うその生き物は、『フシュ、フシュ!』と何か喜んでいる様子を見せただけでそのまま入って来た道 を戻って行ったのよ。 「何か勘違いしているようだったけど、どうやら助かったようね」 私は自分のお腹の上に乗るタマゴを下ろす。 こんなものは、一刻も早く捨ててしまいたい。 「…」 だけど下ろしたタマゴの異変に気付いた私は血の気が引くのを感じた。 タマゴの出口で死んでいた幼虫がいなくなっていたの。 私はとっさにお腹を見た。 ぶらん、ぶらん。 その幼虫は私のオヘソにはさまれると、くっついたまま出てきちゃったみたい。 「な、なによぅ…んもう!ヒヤッとさせるんだからッ」 何となく安心した私は、そのぶら下がった物を慎重に外して床に投げ捨てると、注意しながらさっきの男 の人に近づいて行った。男の人は白人らしく、首には身分証のような物を下げていた。 他の人の事なんてかまってられない状況なんだけど、助かるなら助けてあげる方がいいんじゃないかって 思えた私はその人のそばに近づいて行ったの。 それに、この人もジャングルをさまよっているんだったら、お姉ちゃんの事を知ってるかもしれないんだし… でも、英語はあんまり自信ないから、情報なんて聞きだせるかしら? 暗くて薄暗いから、男の人の身分証を読むことは出来ないんだけど、横文字にしては何だかゴミゴミと書 いてる気がするんだよね……どちらかって言うと、日本語のように。 「ちょっと、大丈夫ですか?」 明らかに白人とわかる顔立ちのこの人に日本語で話かけてみる。 「うう…っ。ん、き、君は?」 そう言って目を覚ました彼は日本語で答えた。 「日本語、解るんですか?」 その問いに待ってくれと言うように手のひらを私にかざして起きあがろうとした時、彼もそのお腹に張り付 いている物の存在に気付いたみたい。 「な、何だ、これは?クソッ、あの化け物か!!」 そう言うと、足に挿していたナイフを取り出し、私よりも手際良くそれを切り落としてしまったの。あまりの手 馴れた動きに、少し呆然としていたんだけど、そんな私に彼の方から声をかけてきたの。 「キミもあの化け物に襲われてここへ来たのかい?」 彼は流暢な日本語で私に尋ねる。 「私は美沙って言います。貴方は?」 「ああ、俺の名はカルロス。カルロス・リヴァローラだ。ところで、美沙。キミも知っているだろうけどあの化け 物はかなり危険だ。ここから一刻も早く逃げないと」 カルロスはサッと立ち上がると、辺りを注意深く見回していた。 「それは、そうだけど……でも、どうやって?」 そう言うと、カルロスは健太のように地図を出して広げた。そして、磁石を乗せると何かを呟いた後で私に 優しく説明してくれた。 「いいかい、美沙。君はこの先の遺跡の事は知っているかい?」 私は首を縦に振って見せた。 「OK、ここは遺跡から真南にある地下道の中だ。キミには洞窟に見えるだろうが、れっきとした人工的に作 られた地下道なのさ。ここを北に向かえば、君を地上へ連れ出せる。確証はないんだけどな。どうだろう、君 も俺と一緒に来るかい?」 カルロスはそう言うと、手にしていた筒のような物を取り出してパキッと折った。 折れたと思った筒は外側だけで何か中に入ってるみたいだった。その中身に反応した薬品が科学反応で 発光し始めたみたいで、その光はかなり明るくって、辺りを薄い黄色の光で照らしていたの。 「美沙は俺とは違って、あの化け物に手荒なマネをされていないようだな」 「残念ね、あんなに騒げば相手だって手荒くするんじゃないの?」 その言葉にカルロスはキョトンとした顔で私を見ると、プッと噴出して笑い始めた。 「アハハッ、いや美沙も言うね、良かったよ君が怪我をしていなくて…これから楽しくなりそうだ…そうか、騒 いだからか…ハハハッ」 何がそんなに面白いのか私にはさっぱりだったけど、健太とは違って楽天的に状況を飲み込んでいくタイ プのカルロスの性格って、結構、私にあってるのかもしれない気がするんだよね。 「笑い事じゃないんですけどね」 「ああ、すまない。そんなつもりじゃないんだよ」 その後は、彼とここの地下通路の事など詳しく話すために、取りあえずこの場から出来るだけ遠くに移動 する事になった。カルロスって名乗るこの人をはじめは信用できるんだろうかって考えたんだけど、その点 は彼の方が一枚上手で出会ったばかりの私の性格をすぐに掴んだらしくて私にそんな風に感じさせないで いたみたい。 確かに健太と居るほうがカルロスよりも安心はできるんだろうけど、カルロスみたいに冗談を言うって事が 無いのよね。私的にはあまり疲れない気がしたし、この人と行動を一緒にしてて変な事をされそうな感じも ないし、これといって脱出のプランも今は他に無さそうな理由から彼についてその出口まで行くことに決め たの。それなりに最初は警戒はしていたつもりよ。一応、女の子と男の人がこんな暗い誰も居ないような場 所を何事もなく歩きつづけられるかってね。でも、カルロスは全然そんな事を感じさせないで私をサポートし ながら先へ進んでくれていたの。久しぶりに楽しいジョークとおしゃべりは、私が最悪の場所に居る事を少 しの間だけ忘れさせてくれていた。 時々見せるカルロスのおちゃらけた姿を見ている内に、私はどんどんカルロスの魅力に惹かれていたみ たい。途中で何度か道の裂け目に足をとられるたびに、彼がとっさに差し出す腕に抱きかかえられた時な んかは、二人とも言いようの無い雰囲気に包まれてドキドキすることが何度かあったぐらいよ。 私がカルロスを意識してる事は自分でも解っていたんだけど、それがどういう気持ちなのかまでは追求し なかったの。 正直、するのが怖かったから。 だって、カルロスとは出会ってまだそんなに経ってないんだよ。 それなのに、そんな気持ちになるなんて変だもん。 どうかしてたんだよ、きっと… そう自分に言い聞かせながら私は足を進めていた。 だけど、さすがにその頃になると話題もそう無くて何だか無口なまま二人で先を急ぐだけになっていた。 「ねぇ。聞いてもいいかな、カルロスはわざとあの生き物に捕まったの?」 一度開放された心には沈黙の重苦しさと心のモヤモヤしたものが耐えられなくなっていて、何となく私は カルロスにそんな事でも話していようと口にしていた。 その私の前を歩いていたカルロスは急に足を止めて私の方へ振り返る。 「美沙がアイツに連れ去られていく途中に出くわしたんだよ」 「えっ?」 私は突然カルロスの言葉に驚いた。 「間抜けな話なんだけどな、助けに行ったんだが途中でヤツに捕まっちまって……まぁ、結果的には助ける 事ができたみたいだけどな」 そう言って、カルロスは髪を掻き上げながら言った。 照れているのか少し視線をそらしている。 もちろん、面と向かって「君を助けに来たんだ!」なんて、健太以外の男の人に言われた事が無かったか らどんな反応を返せばいいのか解らないでいたの。 「ねぇ、美沙……」 いきなりカルロスが駆け寄ると、私の顔に鼻先を近づける。 「カ、カルロス!!」 私は突然の彼の行動に驚いた。さらに鼓動が激しくなる。 それなのに、どうしてカルロスの青い瞳から目をそらせられないの!? 「ちょっとはドキドキした?」 私の心が動揺しているのを感じ取ったカルロスが意地悪く言った。 「ドキドキって……カルロス、今度こんなことしたら本気でぶつからね!!」 私はそう言って、カルロスに背を向けた。 だって、私が赤面している事をカルロスに知られたくなかったから。 胸の鼓動もすぐにはおさまってくれないし。 「わかった、わかったよ。ごめんよ、美沙」 カルロスは私がかなり怒っていると勘違いしているみたいだった。 「ちゃんと、脱出できるのこんな事で?」 私はカルロスに背を向けたまま言った。 まだ、カルロスの顔を見れない。 だって彼の顔が近づいた瞬間に何をされるか気づいてたのに。 私、避けられなかったから。 ううん、避けなかったのかもしれにないから。 この気持ちを正直に表現できないのは……アイツのせいかな? そんな私の気持ちと裏腹にカルロスは肩をすくめると、反省の色も無くただ不敵に笑っているだけだった。 ここを脱出するのも大切だけど、お姉ちゃんの消息についての手がかりもきちんと探さなくっちゃならない んだから。それなのに、私ってカルロスにあんな事されたぐらいで動揺しているようじゃ全然ダメじゃない。 そもそも私の目的はお姉ちゃんの「桜木瞳」を探すのが目的なんだから、他の目的でここに来てる人の事 はどうでも良いはずなんだよね。だけど、この人達の関係の事で巻き込まれてしまったって可能性だってあ るはずじゃない?それだったら健太以外の人間と接触できるとすれば重大な事を聞ける、あるいはカギを握 ってるって事もあるはずだよね。そう考えた結果で出た行動だったんだけど、危うく変なコトになりそうだった わ。 カルロスの尻を蹴り飛ばしながら、私は先に進むことにした。 何時、あの化け物が追いかけて来るか解らないんだから、早くこんな場所を抜けないとって考えたの。 「俺達は日本の紫貴電工に雇われた傭兵だ。その任務は人捜しがメインだったんだけどな、ここに来てから というもの次々に不思議な事に巻き込まれたんだ」 カルロスは移動の途中で自分の事について話してくれた。 「ちょっと待って、『人探しの為にここに来た』んでしょ?それじゃね…『桜木瞳』って日本の女の人なんだけ ど、知らない?」 私はカルロスの話をさえぎった。するとカルロスは「ああ、待ってな」と言ってサッとポケットから取り出した メモを見ながら少し考えている様子を見せた。 どうしたんだろう?もしかして、知ってるんじゃないの?? 「その人は、キミとどういう関係の人なの?」 「お姉ちゃんだよ。私は妹なの」 カルロスは慌ててそのメモ書きを見なおす。きっと、捜しているのはお姉ちゃん達の事だとすぐにわかった わ。 だったら桜木美沙の名前はリストに存在していないはずよ。 どう言う事なんだ?って顔でカルロスは悩んでいる様子だったから、私の方が先に説明してあげたの。 「私はね、後からお姉ちゃんを追って来たんだよ。だけど、途中で飛行機が墜落しちゃって……ここまでは 何とか来れたんだけどね」 カルロスの話は彼の任務が桜木美沙の姉、瞳の属していた考古学調査隊を探していたということと、下っ 端のカルロスが目的など知らされていないと付け加えて言っただけ。その話からは、「日本人の考古学調 査隊を探し出し連れ帰る」そう言う風に命じられているだけっだったみたいね。とにかくカルロスと知り合い になったって事はもしかすると、凄い拾い物をしたんじゃないかって思っちゃった。 えっ?なんでって、健太と捜すよりも大勢で捜すほうが楽でしょう? この人達も捜しているんだったら一緒に探せばいいじゃないかなーってそう考えたから。それに、なんとな くだけど、この人って実戦の経験がありそうなんだもの。卵を切り取った手際の良さも、私を安心させるには 充分だったしね。 「ね、それで知ってるの?知らないの?」 私がせっかちに期待している瞳でカルロスの答えを待っている。 「ああ、知っているぜ、そういや仲間が探し出したって言ってから無事だと思うぜ。残念だがな見たわけじゃ ないからハッキリ姿とか特徴は知らないんだ」 この時の私は知らなかったんだけど、カルロスは私に嘘をついてたの。 「えっ、お姉ちゃんを見つけたの!?じゃ、カルロス、私をそこへ連れて行ってよ!」 「ああ」 私はその事を聞いてカルロスに対する警戒心を薄れさせてしまっていた。 そう、お姉ちゃんの消息を知る人物のカルロスと出会ったんだもの、その私が彼を信じないはずがないじ ゃない。ましてこの状況ならどんな些細な事でも信じてしまうよ。 でも同時にカルロスも邪な考えをしていたんだけどね。 そう、今の私なら何でも言うこと聞くし、手懐けさえすれば大人しく本部まで来るだろうって。もし、私に感 づかれたとしても手懐けていればごまかしが利くなんて事も。 彼の頭にはきっと、仲間内で日本人女性はガードが薄いと聞いた話がよぎっていたはずよ。 まずい事になれば力ずくで身体に言う事を聞かせれば良いのだと野蛮な考えも持っていたカルロス。 でも、この時の私はカルロスの作り話を心底信じきっていたの。 だけど、そんなカルロスの思惑には重大な見落としがあったわ。 ここには、もう一人の侵入者が居るじゃない? そう、カルロスは彼が思いもよらぬ場所に居るとも知らずに上機嫌で私をさらに先へと誘導していくのだっ た。 |
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Update:2002.5.2