君を好きだと言ったら、仕方なさそうに笑われた。
「知っていた」
と、声にもならない声で呟かれて、俺は居たたまれなくて俯いてしまう。
同性愛と言う言葉を知ったのは中学3年の春。
桜が涙のように舞う、穏やかな卒業式の終り。
泣きながら別れを告げる俺に、最初に告白したのは君だった。
遠くに行っても忘れないから、お前もオレを覚えていて欲しい。
そう言った君。
別にその言葉を信じていたわけでもないし、何かの希望のように胸に仕舞い込んでいたわけでもない。ただ、漠然と忘れられないでいたと言うだけで。
ある意味では、君の作戦は成功していたってことだ。
「…もう、待てないよな」
俺の言葉に、君は静かに双眸を閉じて、震える瞼を押し開きながら無言で肯定する。
「遅いんだよ。お前はいつもそうだ。そうして、オレを長く待たせる。期待ばかりさせて…」
そんなつもりはない、と言いたかったけれど、実際はその通りだったから寄せた眉をそのままに項垂れるしかなかった。
「でも、逢いに来てくれた。もう、それだけでいいよ」
指先を伸ばして俺に触れようとするその腕が、ハッとするほど逞しくて、離れていた長い年月の深さを静かに物語っているようだ。
中学3年の春に別れたきり、一度も逢っていないというのに、この胸に溢れる愛しさは何故なんだろう…俺はもしかしたら、とんでもない、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
どうしてあの時、この力強い腕を離してしまったんだろう。
どうしてあの時、突き放すように走って逃げ出してしまったんだろう。
長い長い時間の中で、心だけがこんなにも君の存在を求めていたというのに…
好奇心から始まったこの恋心は、入り口の見えない迷路を今も彷徨っている。
「じゃあ、せめて教えて欲しいんだ。あの時言おうとしていた、最後の言葉を」
俺に触れる寸前で手を止めた君は、不意に遠くを見つめるように俺の顔を凝視して、それから諦めたように俯きながら溜め息を吐いた。
伸ばした腕が力なく下ろされる。
「愛してる。そう言おうとしたに決まってるだろ。だからお前は鈍感だって言うんだよ」
うん、判ってるよ。
でも、どうしてもその言葉を君の口から聞きたかったんだ。
「俺のこと、呼んでくれたのはお前だったんだろ?」
「…まあな。あれでお別れなんて言ったら、堪ったもんじゃねーからな」
あの時の俺と同じように、でも君の場合はわざと突き放すようにそう言って、外方向いてしまう。
久し振りに逢った顔は嬉しそうに輝いていたのに。
太陽のように眩しい笑顔で…俺はすごく嬉しかったんだ。
その笑顔を一転して曇らせたのは俺。
目の前が一瞬激しくぶれて、続いて襲いかかってきた衝撃。身体が宙を舞うような不安定な違和感を感じたら、何かに激しく叩きつけられていた。でも、次に気がついた時にはもう見知らぬところにいたんだ。
心許無くて、何が起こったんだろうと辺りを見渡しても何もない、真っ白な花弁があの時の桜のように舞い上がっていた。ただ、ひとつ違うことは、舞い上がった白い花弁が青空に吸い込まれていくってことだ。
不思議な光景で、恐怖心はすぐに薄れてしまったけれど、君の不在が辛かった。
せっかくもう一度出会えたと言うのに…
「心は千里を走るって言うだろう?強く望めば、もしかしたらと思ったんだ」
まるで言い訳でもするように素っ気無く呟いた君に、俺は笑うことしかできなかった。
どれほどの強い思いで俺の名を呼んでくれたのだろう。
胸が張り裂けるほどの深い絶望を、君も感じてくれていたんだろうか。
俺と同じように、君も俺の不在を辛く思ってくれていたんだろうか…
「ありがとう。最後にどうしてもお前に逢いたかったんだ」
「オレも…いや、こうしてお前を呼んだことは良くなかったのかもな」
この世から。
君が呼んでくれる声は、真っ白な草原に高く低く、尾を引くように響き渡った。
そうしたらどうしても君の傍に行きたくなって、気が付いたらここに立っていたんだ。
君は気付かないと思っていたのに。
「幽霊でも、何でもいいからお前に逢いたかった」
溜め息のように呟く君に、君の傍に、俺は許される限り近付いて、その男らしく引き結ばれた口許に触れるようなキスをした。
触れたのか、触れていないのか…感触は確かに感じたような気がしたけれど、驚いたように見開いた君の双眸からでは良く判らないね。
「ありがとう。俺を愛してくれて。俺は大丈夫だから、きっと、お前は新しい道を間違えずに歩いていってくれよ」
言葉を出さない君に少しだけ動揺したけれど、その眸の中の俺が涙を流していることに気付いて、だから君は何も言えないのかと思った。
大丈夫だよ、もう心は遺さないから。
「…待ってろよ。今度はお前が待っている番だ。オレもお前と同じ場所に行くからな」
何年経っても…ありがとう。
ありがとう、君。
涙のせいなのかそれともそうなっているのか、君の部屋も、君のあの優しく細められた大好きな双眸もまるで滲んで、俺は気付いた時にはあの真っ白な草原に立っていた。
不意に心が軽くなって、流していた涙が真っ白な花弁になって青空に吸い込まれていく。
その時が来るまで。
二度と出会わないことが愛の証なら、俺はここに佇んでいるよ。
大丈夫、ここで見守っているから。
この光の庭で。
君は躊躇わずに、信じた道を生き続けるんだ。
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